勤務校の図書館に推薦し、購入して貰った本を、急ぐことなく、落ち着いて読んだ。
もう数年早く読んでいたら、前任校の開放講座で、これをテキストに、もちろん購入してくることを前提に、授業ができたと思う。村上春樹の作品で、教科書に掲載されている『青が消える』を解説することも出来る内容があったし、しかしほとんどは分かりやすく書かれていたので、講義・解説の必要はない。良い物を読んでしまった。
札幌市の図書館に予約しているが、132番待ち。届けばもういちど読もうと思っている。全12章、ほぼ「わかる」という気持ち良さが経験できるから、快感なのである。
『職業としての小説家』 村上春樹/(株)スイッチ・パブリッシング
2015年9月17日 第1刷発行
第一回 小説家は寛容な人種なのか
第二回 小説家になった頃
第三回 文学賞について
第四回 オリジナリティーについて
第五回 さて、何を書けばいいのか?
第六回 時間を味方につける―長編小説を書くこと
第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第八回 学校について
第九回 どんな人物を登場させようか?
第十回 誰のために書くのか?
第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア
第十二回 物語のあるところ・河合隼雄先生の思い出
p202 (第八回 学校について)
原子力発電所事故のために、数万人の人々が住み慣れた故郷を追われ、そこに帰るめどさえ立たないという立場に追い込まれています。本当に胸の痛むことです。そのような状況をもたらしたものは、直接的に見れば、通常の想定を超えた自然災害であり、いくつか重なった不運な偶然です。しかしそれがこのような致命的な悲劇の段階にまで押し進められたのは、僕が思うに現行システムの抱える構造的な欠陥のためであり、それが生み出したひずみのためです。システム内における責任の不在であり、判断能力の欠落です。他人の痛みを「想定」することのない、想像力を失った悪しき効率性です。
「経済効率が良い」というだけで、ほとんどその一点だけで、原子力発電が国策として有無を言わせず押し進められ、そこに潜在するリスクが(あるいは実際にいろんなかたちでちょくちょくと現実化してきたリスクが)意図的に人目から隠蔽されてきた。要するにそのつけが今回我々にまわってきただけです。そのような社会システムの根幹にまで染み込んだ「行け行け」的な体質に光を当て、問題点を明らかにし、根本から修正していかない限り、同じような悲劇がまたどこかで引き起こされるのではないでしょうか。
毎年のことではあるが、除雪が入り、排雪も終わり、春を待つだけになると、また、笑うように雪が降るのである。夜中の除雪車に起こされて、早くも午前2時から雪かきをするおばさんは、自動車を出しやすくなった息子から感謝されているのだろうか。
大粒の雪が舞い、乙女たちは、春を待つのだろう。これからは大変な時代になるんだとか、おじさんは、余計なことは教えない。自分で感じて、自分で楽しみたまえ。おじさんも勝手に楽しんでいる。
ファイト!
この記事へのコメント
isoshijimi
雪舞う中、駅のホームでしょうか、少女二人の写真、素敵です。
doudesyo
原発事故でてんてこ舞いになりました。生活も人間関係も社会も教育も。見えない恐怖とそれにつけ込む主義主張。しかも未だに続いています。私は当初より、変わらない生活をすることが一番大切と判断しました。ただこれも住んでいる場所がまだましなところだったから出来た事です。近所には5年も経つのに未だ強制避難させられている仮設住宅が沢山あります。効率って安全の為にすべきことだと思うのですが。
長文すみません。原発事故の事を考えていただける方がいるとついコメントしちゃいます。^^;
hatumi30331
でも寒そう〜
大阪は、日々・・・春に向かってるのが分るようなお天気続きです。
もう一度寒くなりそうやけどね。
あるいる
小説家になったのは村上春樹さんの判断で、その職業を続けること続けられるコトに努力しているのは彼の判断です。
乙女がどんな友達を選ぶのかどんな時間を過ごすのかどんな道へ進むのかも彼女の判断です。
自分で考え判断するコトに不安でも自信がなくても、判断しないコトには前へ進めないし新しい展開は開けないし停滞するしかないのです。
そんなこんな判断を楽しめるようになるのには時間がかかりますけれどね。
判断ミスも他人様に迷惑をかけなければまだましかもと腹を括ってしまえばそれなりに楽しいものですよ。
その後始末はちょっと大変ですけれどね。
そんなコトが浮かんで来た「職業としての判断」ではなく個人的判断でした。
JUNKO