子どもイノチの圧だけで生きていたのかもしれないと。
子どもが同じ気持ちだったかは別にして、高みを目指していた。
高みを目指す熱量は、その周辺でも発火する。
そういう全力の熱量は、生きているという実感だった。
結果がどうあれ、娘たちは異常なほど粘り頑張り、やがて終焉する。
実に幸せだったのだと思う。
いまも娘たちが好きなのは変わらないけれど。
それでも、その熱気の中を生きられたのは幸せだった。
2013-12-27 独身で食べたサトウのご飯
進学指導に打ち込んで、生徒と一緒に戦っていた時代、楽しかった。
生徒へのお説教係だけはつらいものがあるけれど、受験ゲームは楽しかった。
出来たとか、分かるとかに満ち溢れて、結果が出た時の歓喜が好きだった。
子どもイノチで生きてた時期がある、例えば 2013年12月。
私は札幌の自宅、Amazonでサトウの御飯を大量買いして、およそ1か月。
妻は鹿児島へ次女と三女の支援に出向いていた。
さて、私は家庭を犠牲にしたのか。
いや、それは違うと思っている。
もし犠牲があるとすれば、妻とイチャつく時間を先送りしただけだ。
今年も三姉妹に転機が訪れ、それぞれの道を固めるのだろう。
子育てはとっくに終わったことに気づき、先送りしていたことに着手する。
もちろん、妻とイチャツク時間を先送りしていたんだから、取り戻すぞ。
この記事へのコメント
HOTCOOL
学生時代、自分は何を食べて生きていたんだろう?って考えてしまいました^^;
shiho
ナイス!です。
bgatapapa
ゆうのすけ
55パック?!
Inatimy
先送りした時間、たっぷりと取り戻して満喫されますように♪
newton
とし@黒猫
てんてん
ヨッシーパパ
Kame
国際金融マン